やぐち建築士の備忘録

日々思うところをつづるブログ

映画「レディ・プレイヤー1」は観客をなめている

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ゴールデンウィークだし、映画「レディ・プレイヤー1」を観てきました。

観終わっての感想は、、、

 

 

この映画、観客なめてない?

 

 

そう思ってしまった理由を以下に書いてみます。

ネタバレを多数含むので、まだ観てなくて観るつもりの方はお控えください。

 

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1)ゲーマーをなめている

原作の「ゲームウォーズ」の脚本がどうだったのかは知らないが。

 

逆走を、5年間誰も試してないわけない。

 

世界的なオンラインゲームという設定。

プレイ人数も何億人。

世界各国のゲーマーや、IOIが徒党を組んで攻略を進めたりしてるわけだ。

 

誰かがスタート地点からの逆走くらい試すって。

ハリデーマニアが歴史館でセリフなんぞ漁らなくてもよ。

ゲーマなめるな。

それくらい試すわ。

5年間誰もゴールに辿り着かなったという設定を何故見直さなかったかな?

そうでないと、世界中の人間がアホだったから主人公が勝てただけってことになっちゃうよ?

レースの第1回から1ヶ月後くらいという設定だったら気にならなかったと思うのだが。

 

2)演出をなめている

敵のボスであるIOIの社長が、自分のギアに、アカウントとパスワードをポストイットで貼っていたのが中盤の展開のキーになっている。

仮にもIT企業の社長が、アカウントとパスワードをそんなとこに貼らねーだろってツッコミは置いといて。(敵がある程度バカじゃないと、太刀打ちできないので)

最初に社長がギアでログインする際に、わざとらしく画面がそのメモに寄るのだ。

だが、このシーンはまだ良しとしよう。

問題は次。

主人公が社長室にホログラムで呼ばれた際、主人公がばっちりこのメモを視認するところを見せているのである。

 

わかりやすすぎねぇ?

 

そんなの、そのアカウントをあとで使うのバレバレやん。

おかげで「社長のギアを覚えているか?」のセリフだけで、その後の社長への脅しが仮想世界で行われていることにすぐ気づけてしまう。

せめて、主人公はギアに近づいただけに見せて、実はアカウントをちゃんと覚えていたっていう脚本にすべきだったかと。

 

3)テーマがなめている

 

現実だけが本当のリアルなんだ。

 

うん。

それはそうだと思うよ?

でもね?

主人公は、リアルの世界で頑張って現実で幸せになったわけではない。

ゲームの世界で活躍したから現実世界で幸せになってるじゃん。

運命の女性にも会えたし、金銭的にも裕福になってるし。

 

この「現実だけが本当のリアルなんだ」ってのは、

『ゲームが楽しかったんだけど、それをかなぐり捨てて、現実世界で頑張って現実を裕福にした』っていう主人公の格言にはふさわしいが、ゲームで活躍した結果、現実でも裕福になれた主人公の格言としては全く納得できないのである。

これじゃあ、ゲームにはまっている人に響かないよ?

 

 

というわけで、まとめ。

レディプレイヤー1は、エンターテインメントとしてはまあまあ。

作家性としてはクソ映画。

 

同人誌も金かければまあまあ観れるってことね。

 

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